フィウミチーノ空港




雲雀が空港に降り立ったとき、ローマは雨だった。
機内で眠ってしまった為、若干体が重い。本来なら、あんなに人の多い場所で無防備に寝こけたりなどしないのだが、自分が思っていたよりも体は参っているのかもしれない。
熟睡と呼べるほど深く眠れなかったおかげで、おかしな夢を見た。山本武が出てくる夢だった。

(僕はそんなにもジェラードが食べたかったのか)

思わぬ事態に食べ逃した好物に、思いを馳せる様に涼やかな瞳を伏せた。あんな風に毎日のように、ジェラードを食べていたこともあったのだと再認識する。

「雲雀!」

どこか心を躍らせるリズムを持ったイタリア語が飛び交う空港のロビーで、不自然に浮かび上がるような流暢さで自分の名前を呼ぶ声が聞えた。
ゆっくりと顔を上げると、葬儀屋のように真っ黒なスーツを着た男が立っていた。
「どうしたの、みっともない顔して。まるで夜道で殺人鬼に会ったような表情だよ」
獄寺は蒼白な顔色を隠そうともせず、雲雀自身の存在を確かめるように近づいてきた。眉間に深く刻み込まれた皴や、染み付いた隈が、顔の彫を深くしている。
「お前こそ…大丈夫かよ」
「何が?」
雲雀がこともなげに答えると、獄寺の顔が一瞬強張った。
「いや…ならいい。それより、本当に戻ってくるとは思わなかった」
「勝手に迎えに来ておいてよく言うよ」
雲雀は獄寺に一度戻って来いとは言われていたが、その日のうちにこちらに来ることなど一切は、相手に話していなかった。しかしいざこちらの空港へ降りてタクシーでも拾おうかと思っていたら、何処からか現れた獄寺に声をかけられたのだ。
「別に、お前を迎えに来たわけじゃねえよ。ちょっと感傷に浸りに来ただけだよ…」
「そう…でもついでだし乗せてってくれるんだろう」
悪びれすらない雲雀の態度に、獄寺は毒気を抜かれたように肩を落とした。荷物を持ってやろうと手を伸ばしたが、やはりと言うかなんと言うか、小さなジェラルミンケース一つしか手にしていなかった雲雀は、無言でそれを断った。
「ああ。まずは十代目に挨拶してからな」
「墓参りは夜中になるね」
もうとっくに陽の落ちた空を見上げて、雲雀は鼻で笑った。踵を返した獄寺の後ろについて自動ドアをくぐろうとした瞬間、訪れたばかりの夜の闇の中に自分の姿が映し出されていた。
「……ワオ…」
前を行く男と同じく葬式のような服装をした自分は、また彼と変わらずひどく白けた顔色をしていた。
「?どうした?」
雲雀の小さな感嘆の声が聞えたのだろう、不思議そうに獄寺が振り返る。
「何でもない。少し意外だっただけ」
雲雀は先ほど獄寺が自分の大丈夫かと聞いてきた理由がわかった気がして、むしろすっきりしていた。口元だけで笑うと、その硝子から目を背ける。
「なぁ雲雀…実はさっき嘘をついた。本当はお前がすぐに飛んで来るんじゃないかって変な確信があったんだ」
獄寺は首を前に戻し、立ち止まることもなく話し続けた。空港から駐車場までささやかながら距離があったがけれど、どうやら濡れながら行くつもりらしかった。
雲雀は出口の所にあった誰のものともわからぬビニール傘を一本無断で失敬すると、獄寺など構うでもなく自分ひとりそれに入った。
「俺は…お前なら来ると信じてたんだよ。アイツが…山本が死んじまった理由と一緒にな」
漸く見覚えのある獄寺の高級車が目に入ったとき、既に彼は大分雨に濡れて重たげな雫を垂らしていた。にも拘らず何故か一旦その場に立ち止まると、後ろから傘を差して着いてくる雲雀を真直ぐに見詰めた。その瞳の中の嵐は、不安か何か、もっと大きな期待でとめどなく揺れている。
「…僕は何も知らないよ」
激しくなっていく雨が傘のビニールを打つ音で、雲雀の低い声は掻き消えてしまいそうだった。
けれで獄寺にもその言葉が届いたのだろう。ほんの少しだけ傷ついたような顔をして、彼は再び己の車へと歩を速めた。
一秒ごとに濡れていくその黒い背中を見送るように、雲雀は先ほどよりも余計に距離を空けて、その後ろに続く。
頭上すぐの空では、雨にも負けじと飛行機たちが、美しく点滅を続けていた。